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東京地方裁判所 平成9年(ワ)9217号 判決 1998年7月29日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の請求

一  被告は、原告に対し、金二二〇〇万円及び内金二〇〇〇万円に対する平成九年五月二二日から、内金二〇〇万円に対する平成九年九月三日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、原告の元夫と被告の不貞行為ないし同棲関係による不法行為に対する慰謝料二〇〇〇万円及び弁護士費用二〇〇万円の損害賠償請求を求めている事案である。

一  争いのない事実及び前提事実

1  原告と訴外甲野太郎(以下「太郎」という。)は、昭和三六年一一月一三日、婚姻し、昭和三七年四月二九日、長男一郎が生まれた(争いのない事実)。

2  被告は、勤務先の日興證券株式会社A支店において、同僚として太郎と知り合い、男女関係を結ぶに至り、太郎は、自宅を出て、被告と暮らし、昭和五四年には、日興證券株式会社を退社し、太郎の父の住職の地位を受け継いで、現住所地において被告と同居している(争いのない事実、甲第一号証、乙第三、四号証)。

3  被告と太郎との間で、昭和五七年二月一〇日、夏子が生まれたが、太郎は、これに先立ち、同年一月二二日、右夏子を胎児認知した(争いのない事実)。

4  原告は、太郎に対し、昭和六〇年、東京家庭裁判所に夫婦関係調整の調停を申し立て、同年一一月六日不調に終わり、さらに婚姻費用分担の家事審判を経た後である平成六年、太郎は、原告に対し、離婚訴訟を提起し、平成七年七月二八日、離婚を認める判決がされ(平成六年(タ)第一〇八号離婚請求事件、甲第一号証)、平成九年七月二四日、右控訴審(平成七年(ネ)第三五九二号事件)は離婚請求にかかる部分の控訴を棄却し、太郎に対し、原告への同人居住の土地建物と二五〇〇万円の財産分与を認め(甲第二号証)、平成一〇年三月二六日、右上告審判決がされ離婚が確定した(証人甲野太郎)。

5  被告は、平成九年一一月一九日の本件口頭弁論期日において、原告の不法行為に基づく損害賠償請求権につき、消滅時効を援用している。

二  争点

1  配偶者の相手方について不法行為の成立の有無

被告は、性に関する問題は極めて個人的な問題であり、法が個人のプライバシーに介入することにもなりかねず、婚姻制度の安定にもつながらず、懲罰的制裁を課することにもなりかねず、性に関しては自己決定権があり、貞操義務は夫婦間の問題であって当事者だけを拘束するものであるから、配偶者の相手方には、常に不法行為は成立しない旨主張する。

2  原告と太郎間の婚姻関係の破綻と被告の不法行為

被告は、原告と太郎は、昭和四一年ころ、遅くとも被告と太郎との同棲関係前には婚姻関係が完全に破綻していたのであるから、それ以後の被告と太郎との関係について、不法行為責任は生じない旨主張し、原告は、原告と太郎の婚姻関係が破綻したのは昭和五四年に被告と太郎が同居してからであり、それ以前は破綻しておらず、被告は太郎と共謀して婚姻関係の修復を不可能ならしめ破綻させ続け不法行為を継続し続けた旨主張する。

3  消滅時効

被告は、仮に原告と太郎の婚姻関係が完全に破綻する以前に被告と太郎との同棲関係があったとしても、消滅時効が完成している旨主張し、原告は、原告と太郎間の離婚裁判による離婚成立時まで、被告の不貞行為は継続していたものであり、離婚成立後消滅時効は進行する旨主張する。

第三  争点に対する判断

一  前記争いのない事実、前記認定の前提事実、甲第一、三ないし八、一四、一六、一八、一九、二二号証、甲第三五号証の二ないし一一、乙第一ないし四号証、証人甲野太郎の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

原告と太郎は、昭和三六年婚姻後、昭和三七年に長男一郎をもうけ、昭和三八年、太郎が日興證券B支店販売課長代理となり、大阪で家族一緒に暮らしていたが、昭和四三年東京のC支店に転勤となり、この頃、原告居住の自宅の土地を購入して家を建てた。

そして、太郎は、昭和四一年ころから女性関係で問題はあったが、昭和四五年、太郎が日興證券株式会社A支店に勤務して、右支店に勤務していた被告と知り合い、男女関係を結ぶに至り、太郎は、昭和四七年ころ、被告と暮らすようになった。しかしながら、太郎は、その後も生活費を届けるため、月に一、二度、原告宅に帰宅し宿泊することもあった。

そして、太郎は、昭和五四年、日興證券株式会社を退社し、太郎の父の住職の地位を受け継いで、現住所地に被告を伴い生活し、被告は、その近隣、親戚、寺関係には太郎の再婚した妻として振る舞っている。

太郎は、昭和五六年ころ、原告に対し、離婚を申し入れるようになったが、原告から拒否され、昭和六〇年、原告は、夫婦関係調整の調停を申し立てたものの、同年一一月六日不調に終わり、さらに昭和六三年の婚姻費用分担の家事審判を経た後である平成六年、太郎は、原告に対し、離婚訴訟を提起し、平成一〇年三月二六日、上告審において、判決により離婚が確定した。

被告は、昭和五七年二月一〇日、太郎との間で夏子を出産したが、太郎は、これに先立ち、同年一月二二日、右夏子を胎児認知し、さらに、昭和六〇年、夏子の親権者を父と定める旨を届出し、昭和六二年、夏子の氏の変更を行っている。原告は戸籍の取寄せなどにより、昭和五七年ころには、被告の出産及び夏子の認知を知るところとなった。

なお、原告と太郎の間の夫婦関係も少なくとも昭和五三年ころにはなくなっており、太郎は、原告に対し、昭和五七年以降、生活費の送金もしなくなり、原告が、太郎に対し、昭和五七年一一月、長男一郎の大学受験費用を請求したときも、原告の兄を通して請求している。

また、原告は、昭和六〇年、長男一郎を原告の両親と養子縁組するに当たって、太郎には相談していない。

また、原告は、昭和六一年には、太郎の父の葬儀に、出席しているものの、右出席を太郎から罵され、一般参加者として参列している。

なお、太郎は、昭和四六年一〇月一日、満期日昭和八七年一〇月一日、死亡保険金の受取人を原告及び長男一郎とする生命保険契約を締結しているが、のちに、右受取人を変更している。

二  被告は、昭和四一年には太郎と原告間の婚姻関係が破綻していた旨主張し、太郎の証人尋問によれば、昭和四三年ころには夫婦関係が全く冷めた状況にあったと証言する。しかしながら、前記認定のとおり、太郎は、昭和四三年には自宅を建て、昭和四七年ころまでは原告と右新居で同居し、昭和四六年には、受取人を原告とする保険契約も締結していることから、そのころ、既に、原告と離婚するまでの具体的行為にもでておらず、原告と太郎の夫婦関係が破綻していたとまでは認めることはできない。

また、乙第二号証によれば、被告は、あたかも、太郎と被告のアパートで同居し深い関係になったかのように陳述するが、被告と太郎は、昭和四五年から同じ勤務先で働き、被告も昭和四六年からの交際を同陳述書において自認しているのであるから、昭和四七年被告のアパートで太郎と暮らすようになる前には、太郎との男女関係があったものと推認される。

したがって、いまだ、原告と太郎との夫婦関係が破綻していたとまでは認めることはできない昭和四六、七年ころ、被告は、原告の妻としての権利利益を侵害したものといえる。

被告は、配偶者の不貞行為の相手方には、不法行為が成立しない旨主張するが、原告と太郎との婚姻関係が破綻していない以上、被告が太郎と肉体関係を持つことは、原告の妻として有する権利ないし利益を侵害することは明らかである以上、右行為が個人的、プライバシーにわたるとしても、何ら右不法行為の成立を妨げるものとはならない。

三  しかしながら、太郎が、昭和五四年、現住所において被告と同居し、被告が太郎の子を身ごもり、昭和五七年一月二二日、これを太郎が胎児認知し、被告が昭和五七年二月一〇日夏子を出産し、被告は、太郎が住職として務める寺関係、親戚などに太郎の妻として扱われ、さらには原告が右被告の出産及び認知の事実を知り、原告と太郎の婚姻関係は破綻するに至ったもの認められる。よって、右関係がすでに破綻したものと認められる少なくとも昭和五七年以降の被告と太郎の関係については、不法行為は成立しない。

四  消滅時効の起算点について

原告の妻としての権利の侵害としては、右侵害行為がされている間は、日々発生するものであるから、原告は、太郎との夫婦関係が破綻する前の被告の不法行為については、それを十分認識していたのであり、右不法行為に基づく損害賠償を求めることもできるから、破綻までの不法行為に基づく損害賠償は各行為時から消滅時効が進行する。

本件訴訟が提起された平成九年五月一一日から遡る三年前には、前記認定のとおり、すでに、原告と太郎の婚姻関係は完全に破綻していたものと認められるから、被告の不法行為に基づく原告の慰謝料の損害賠償請求権は、本訴提起の段階で既に時効期間が経過していたものと認められ、右時効を被告が援用する以上、原告の請求権は消滅したものといえる。

なお、原告は、離婚訴訟による判決による離婚成立から、慰謝料請求権の時効は進行する旨主張する。

確かに、婚姻関係の破綻した原因となった個別の違法行為を理由とするものでなく、離婚をやむなくされ精神的苦痛を被ったことを理由とする配偶者に対する慰謝料請求権であれば、離婚の成否が確定するまでは損害を知り得たものとすることができないから、離婚が成立したとき初めてその不法行為及び損害の発生を確実に知ったことになる。しかしながら、本件の場合は、太郎と被告の不貞行為ないし同棲関係の継続による原告の精神的苦痛による慰謝料請求権であるところ、前記のとおり、右不貞行為ないし同棲関係が不法行為となるのは、原告と太郎の婚姻関係が破綻するまでであるから、すでに、原告と太郎の婚姻関係が破綻してから一〇年以上を経過しており、その間においても、原告は、右不法行為に基づく被告に対する損害賠償請求権を行使できたのであるから、右離婚による慰謝料請求権とは同視できない。

五  よって、主文のとおり判決をする。

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